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2020年12月の記事一覧

エール31

 朝霞西高校の生徒の皆さんへ。いよいよコロナ禍など激動の令和2年(2020年)が終わりを迎え、新しい年が始まります。皆さんが新しい年を最高の状態でスタートできることを願っています。そこで、今回は、そのスタートをきるヒントとなればと思い、ある人の浦島太郎の話についてのお話を紹介します。

 

 浦島太郎の話は皆さんもよくご承知だろうと思います。童謡の歌詞にはこうあります。

  むかしむかし浦島は/助けた亀に連れられて/竜宮城に来てみれば/絵にもかけない美しさ

  乙姫さまのごちそうに/鯛やひらめの舞踊り/ただ珍しく面白く/月日のたつのも夢のうち

  遊びにあきて気がついて/おいとまごいもそこそこに/帰る途中の楽しみは/みやげにもらった玉手箱

 そうやって帰ってきたのはいいのですが、故郷はまるで様子を一変し、知っている人も一人もいない。途方にくれた太郎は、「困った時以外は絶対に開けてはならない」といわれていた玉手箱を思い出し、いま困っている時だと、その玉手箱をあける…… あとは皆さんもご承知の通り、太郎はあっという間におじいさんになってしまいます。童謡はこう歌っています。

  心細さにふたとれば あけて悔しき玉手箱 中からぱっとしろけむり たちまち太郎はお爺さん

 幼少期に聞いて以来、この話はずっと私の心の中に残っていました。この逸話は一体私たちに何を教えようとしているのだろうか という疑問です。

 ・太郎は亀を助けた

 ・そのお礼に乙姫様に接待された

 ・太郎は接待を受け、竜宮城で心から楽しみ、礼をいい帰ってきた

 ・すると故郷は一変し、知人は一人もいなかった

 ・困った太郎は乙姫様がみやげにくれた玉手箱をあけた

 ・途端に太郎は老人になってしまった

 よいことをしたはずの太郎がなぜ、あっという間に老人にならなければならないのか。なぜ、乙姫様はそんな玉手箱をみやげにくれたのか。その疑問が長い間、私の心に残っていました。もちろん、ずっとそんなことを考えていたわけではありませんが、時折その疑問が頭をもたげていました。

 その疑問が一昨年、氷解しました。ああ、そういうことだったのか、と。もちろん逸話に正解はないのでしょうが、何事も疑問が解けるのはうれしいものです。小さな気づきですね。

 私自身がどういう解答を見出したのか。想像するに、浦島太郎が竜宮城に行ったのは20代か30代の元気旺盛の頃だったと思います。それが帰ってきたら、故郷は一変、知っている人も一人もいない。それで太郎は困り果て、玉手箱を開けてしまい、おじいさんになってしまったわけです。もし仮に、太郎が昔を振り返ったり、なつかしがったりしないでいたら……

 つまり、知る人がなく、思い出の風景がなくとも、そういうことに頓着せず、自分は若いし、体も健康なのだから、この環境の中でまた新しい人生を精一杯に生きてみよう―― そういうふうに決心したら、太郎は困ることもなく、従って玉手箱をあけずに、若い体のまま、新しい人生の一歩を踏み出していくこともできたのです。

 つまり、浦島太郎の話が私たちに教えているのは、人は須らく「いま」「ここ」に生きよ、ということではないかと思うのです。過去を思うな未来を願うな今なすべきことをなせと釈迦はいっています。過去はよかったとか、あの時こうすればよかったとか、過ぎ去ったことにいつまでもとらわれていてはいけない。また、まだ来ない未来のことに思いをはせ、未来に振り回されてはいけない。それよりもいまなすべきことを確実になせ、ということです。この釈迦の教えを凝縮したのが禅ですが、禅の教えの極意は「いまここに全力投球して生きる」ということに尽きるのではないかと思います。浦島太郎の物語が幾時代を経て残ってきたのは、そういうメッセージを私たちの祖先も無意識のうちに感受し、それに共感していたからではないかと思うのです。

 

 いかがですか? 達人といわれる人は何歳になっても、「いま」「ここ」に完全燃焼しています。  

 平澤興(京大元総長)の言葉があります。「今が楽しい。今がありがたい。今が喜びである。それが習慣となり、天性となるような生き方こそ最高です。」

 私も残りそういう人生をめざしたいと思います。

 

 では皆さん、よいお年をお迎えください。

 

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エール30

 朝霞西高校の生徒の皆さんへ。12月に入りました。いよいよ令和2年(2020年)もラスト1か月。本当に1年前には、まさかこんな令和2年(2020年)になるとは思いもしませんでしたよね。   

 第3波の全国的なコロナ感染拡大が懸念される中、皆さんには、ウィズコロナでの「自分がやるべきこととやってはならないこと」を自覚し、「自分がやってもいいこと」には判断と責任を伴うことを忘れないで、節度のある行動をすることを望みます。しっかりと感染症対策をして期末考査に向かって走り、令和3年(2021年)のチャレンジに備えてほしいと思います。そこで、今回は、「チャレンジ」するための「発想法」についてのお話を紹介します。

  

「発想法」

 松永安左エ門は三十三歳のとき、株に失敗、借金だけを残してスッテンテンになった。その当時、人生は五十年といわれた。このとき彼は人生五十年なら、まだ十七年もあると考えた。十七年しかないとは考えなかった。そして、十七年もあるなら、しばらく遊ぶのもよかろうと思った。遊ぶとはいっても、酒色や歌舞音曲の類ではない。暮しの些事にとらわれるのは煩わしいと、二年分の家賃を工面して神戸の灘に家を借り受け、中国古典の勉強に沈耽したのだ。自分は何のために生まれてきたのか、何のために事業家になったのかを古典を通して追求したのである。危機に遭遇して人生の原理原則に立ち返る。この発想法こそ「電力の鬼」と称された松永の人格を創ったのである。

 伝記作家の小島直記氏から聞いた話である。『少女ポリアンナ』という小説がある。早く母を亡くした少女ポリアンナは、父からどんな出来事の中にも一つだけよかったと思えるものを見つけなさい」と聞かされて育った。だが、その父にも死なれてしまう。孤児になったポリアンナ。悲しいこと、辛いことが次々と起こる。だが、彼女はその悲しみ、辛さの中にも「よかった」と思えるものを見つけようとする。そして彼女のこの姿勢は周りの人びとを変え、彼女の人生を輝かせていく――発想一つで彩りを変える人生をポリアンナは生きたのである。

 トインビーは「歴史はチャレンジ・アンド・レスポンス(挑戦と応戦)の繰り返しで進展していく」といった。世界は絶えず、一方でチャレンジが起こる。そのチャレンジにどうレスポンスするか。そのレスポンスが安定か動乱か、繁栄か荒廃かの分かれ道になる。何も歴史にとどまらない。我々の人生もまたチャレンジとレスポンスの連続である。さまざまな出来事にいかに対応するか――その発想に成功不成功の人生がかかってくるのだ。

 松永安左エ門とポリアンナ。二人の発想法から、私たちが学ぶものは多い。

 

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